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シンケルの建築/ベルリン

カール・フリードリッヒ・シンケル(1781~1841)は、プロイセン王室(現在のドイツ北部からポーランド西部にかけた一帯を領土として、18世紀から20世紀初頭にかけて栄えた王国)の建築家として、ギリシャ様式に基づく新古典主義の建築を多く残している。古典の様式の中にも、簡素で平坦な面も取り入れ、優れた比例で構成された作品は、モダニズム建築の美学にも通じると評されている。
以下の写真は東西ドイツ統一後の、首都ベルリンの都市整備まっただ中である1990年のもの。Google earthのストリートビューで眺めると建築本体に変わりはないが、周囲の環境がかなり整備されているのがよく分かる。当時ベルリンからケルンに向かうとき乗り合わせた列車名が“カール・フリードリッヒ・シンケル号”。建築家シンケルの名が、ドイツの人々に広く知られていることの証しといえる。

ノイエ・ヴァッヘ
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ベルリンのウンター・デン・リンデン街にあるノイエ・ヴェッヘは、プロイセン王のフリードリッヒ・ヴィルヘルム3世の命を受け1816年に衛兵の詰所として建てられた。正面をドーリア式の柱廊で構え、四隅に堅牢な塔を建て中庭を設けるという平面構成は、古代ローマの兵営をイメージしていたようである。
ワイマール共和政(1919年に発足し1933年に崩壊した戦間期ドイツの政治体制)下の1931年に、第一次大戦の戦没者慰霊の場に改造された。設計は建築家ハインリッヒ・テッセナウ(1876~1950)。中庭に屋根を架け、中央に円形の開口部を設けて光を取り入れるという簡素な改造ながら、象徴性の高い追悼の場に変わる。1993年の東西ドイツの統一後は、「戦争と暴力支配の犠牲者のための国立中央追悼施設」となり、光が降り注ぐ天窓の下には、ケーテ・コルヴィッツ(1867~1945 20世紀前半のドイツを代表する女性芸術家)。の1937年の作品“ピエタ”を拡大複製したブロンズ像が据えられている。
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コンツェルトハウス
ジャンダルメンマルクト広場に建つコンツェルトハウス(写真下)は、1817年に焼けた王室劇場の再建で、1821年に完成した旧シャウシュピールハウス(演劇場)。ギリシャ神殿を上下左右に組合せた構成で、正面のポルチコのみ完全なイオニア式円柱を設けている。第2次大戦で破壊されるも、5年の歳月をかけコンサートホールとして1984年に再建。建物の名前も“コンツェルトハウス・ベルリン”となる。
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アルテス・ムゼウム
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e0116578_10274550.jpgシンケルの代表作とも言えるアルテス・ムゼウムはベルリンの博物館島(ムゼウムスインゼル)にある。1824年から1828年にかけて建造され、1830年に博物館として開館した。第2次大戦下で甚大な被害を受けたが、1951年から1966年にかけて再建された。東西統一後改めて整備が進められ、博物館島の他の歴史的建築とともに1999年に世界遺産となっている。
写真上:ギリシャのストアに倣った正面。両端のアンタ(壁端柱)の間に18本のイオニア式の巨大な円柱を並べ、列柱背後の壁は、当初シンケル自身のデザインによる壁画(戦火で焼失)で飾られていた。

写真左:二つの中庭を持つ2階建ての建物中央に設けられたロトンダ。コリント式の円柱で支えられたパンテオン型のドームが架けられ、柱間に展示された彫像に天窓からの光が降り注ぐ。通常外観に表れるドーム屋根だが、ここでは近くのベルリン大聖堂のドーム屋根に配慮?して、ドームを四角い壁で隠す外装を施したという。シンケル自身も納得していたのだろうか?


フリードリヒス・ヴェルダー教会
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1824年から1831年にかけて建てられたネオゴッシク様式の教会。1987年のベルリン建市750年記念の際、大改修され、ナショナルギャラリーの別館として生まれ変わる。
1階には古典主義の彫刻作品が展示され、2階にはシンケルの生涯の作品などが展示されていることから“シンケル博物館”とも呼ばれている。














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by toshinac | 2013-03-21 10:54 | trip photos