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デッサウ・バウハウス校舎

ザクセン・アンハルト州にあるデッサウは、ベルリンからIC(インターシティ)で1時間半。現代建築・美術に大きな影響を与えた芸術学校“バウハウス”が置かれたことで有名な小都市。
1919年に発足したワイマールのバウハウスは1925年にデッサウに移転することになり、初代校長であるヴァルター・グロピウス自身の建築理論に基づいた、鉄筋コンクリートとガラスのカーテンウォールによる正面性を無いファサードと、自由な平面構成の新しい校舎を建設。それはこれまでの様式にない新しい国際共通のデザインとなる。写真下は通りを挟んだ公園から眺めた校舎。
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1928年グロピウスは辞任し、建築家のハンネス・マイヤーが2代目校長に就任。学校財政の立て直しをはかるため各工房の作品をバウハウスの名で製品化。今でいう産学共同を推し進めた。しかし1930年政治的背景もあってマイヤーは解任され、ミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969)が3代目の校長となる。ドイツの代表的な建築家として名を馳せていたミースは、バウハウスをより建築中心の学校に変革し、最終的には付属の工房を持つ建築学校に変貌させたという。ちなみにバウハウスに建築科が創設されたのは1927年だそうである。学校長が建築家グロピウスだっただけに少し意外。
1932年、デッサウ市におけるナチスの台頭で学校閉鎖に追い込まれたミースは、ベルリンの空き工場に私立の建築学校としてバウハウスを再開するも、翌1933年ナチスの手で封鎖され解散に至る。1925年から1932年までバウハウス校舎として使用された建物は、当時の姿に修復された現在、再び芸術学校として利用されている。デッサウ・バウハウス校舎は、いまも世界中から見学者が訪れるドイツ近代建築巡礼の地。
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写真上は階段室吹き抜けのカーテンウォールのガラス越しに見る校舎。
下はアトリエ棟・宿舎の特徴的なバルコニー。
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by toshinac | 2013-04-20 10:13 | trip photos