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アーヘン

ケルンから列車で1時間弱のアーヘンは、ベルギー、オランダの国境に近い、ドイツで一番西に位置する町。古よりの温泉地は、古代ローマ帝国時代に駐留軍の保養地兼軍事的な拠点となったことで集落が発展する。中世にはフランク族(ゲルマン民族の一派)が移動してきてこの地に定住し、“水”という意味を持つアーハ(Ahha)という地名が付けられたという。8世紀末にカール大帝(在位768~814)が王宮を置いたことで事実上フランク王国の首都となる。9世紀後半にノルマン人の襲撃で荒廃するが、町は再建され、その後長きに亘って歴代のドイツ王や神聖ローマ皇帝の戴冠式が、アーヘンの大聖堂で執り行われることとなる。

アーヘン大聖堂

e0116578_8261913.jpg現在の大聖堂の外陣となっている八角堂は、カール大帝(シャルルマーニュ)の宮廷付属の礼拝堂であった。796年~805年の建造とされ、北側に建てた宮殿の大広間(1350年に現在の市庁舎に改造された)とは2階建ての廊下で連結されていたという。
特徴的な八角形の礼拝堂というのは、建築史書によれば、2階建で側廊をめぐらした八角堂で、高窓からの採光と石造天井が架けられる等の類似点から、イタリアのラヴェンナにあるサン・ヴィターレ聖堂が原型となっているのではと考えられている。
大きく異なる点は、入口上部に王座室が設けられていること。これはカール大帝が王座室の窓から、礼拝堂の西側にあったという重層の回廊に囲まれた中庭に集まる人々に姿を見せ、聖俗両界に君臨する救世主としての皇帝の立場を表現するための舞台ともいえる。1978年に世界で最初に登録された世界文化遺産の一つである。


左の写真は大聖堂西正面。八角形の礼拝堂から突出したポーチ上の王座室や、両側に設けられた階段塔等で構成される重層で高大な塔状の西構え。

下はアーヘン大聖堂の中心をなす八角形の宮廷礼拝堂で、ビザンチン様式を残すプレ・ロマネスク様式。天井のモザイクは1902年のものだが、当初から24長老を従えたキリストをテーマとしたモザイクで飾られていたそうである。
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市庁舎
カール大帝の宮殿大広間であった建物は一時期貴族の居城として整備されるが、1350年に市民の手によって市庁舎として再建された。その後2度の火災に遭ったり、先の大戦で破壊されたりするもその度に修復されてきた。現在、博物館や展覧会場として一部利用されているが、公式の訪問客の歓迎や市議会も行われている。また、年に1回「政治・経済・学術の分野でヨーロッパの平和に貢献した人」に贈られるカール賞(ヨーロッパの礎を築いた偉人として称えられるカール大帝の名が付いた賞)の授賞式が行われることでも知られている。
下の写真はマルクト広場側の市庁舎外観。左のグラヌス塔側はカール大帝の住まい部分であったとされ、その下部は8世紀当時の遺構といわれている。右のマルクト塔は1200年頃と19世紀の2回の建築で造られたようだが、二つの塔は何れも戦後の1978~79年に修復されたものである。
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by toshinac | 2013-06-02 08:42 | trip photos