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ガウディの建築/バルセロナ

芸術や建築に携わる人に限らず、世界中の人々に広く知られる建築家アントニオ・ガウディ(1852~1926)は、19~20世紀にかけて活躍した世界的な建築家の一人。工業製品で構築される現在の建築とは違い、ほとんどが手仕事のガウディの建築の特徴はその芸術性の高さにあり、ガウディの歴史的世界や作品解説等は枚挙に遑がないほど紹介されている。
バルセロナの建築学校で学びながら地元の建築事務所で経験を積み、卒業の一年後にはバルセロナにあるレイアル広場の街灯のデザインをし、さらにパリの万博に出展した手袋店のショーケースのデザインを手がけている。その作品はバルセロナの富豪エウセビオ・グエル氏が、ガウディのパトロンになるきっかけだったとされている。以来数十年の長きに亘って、グエル氏の支援を得たガウディはバルセロナを中心に活躍する。以下の写真は1975年と1983年に訪れた時の写真で、周囲の環境は現状とかなり違うものもあるが、サグラダ・ファミリア以外は、本質的なところでの変化はさほどないのではと思っている。

サグラダ・ファミリア
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e0116578_11364215.jpgバルセロナのシンボルであり観光の目玉でもあるサグラダ・ファミリアは、1882年の着工、ガウディが担当の建築家として任命されたのは1883年。以来130年間工事が続く未完の大建築。かつて完成には300年はかかると予想されていたが、つい最近サグラダ・ファミリアの建築財団が、YouTubeに2026年(ガウディ没後100年)の完成予想図の3D映像を公開しているが、はたして現実となるのか注目するところである。上の写真左は1983年当時の「受難のファサード」と「生誕のファサード」の内側。
左の写真は1975年の撮影で、生誕のファサードの塔上ブリッジから眺めた受難のファサードの工事状況。論理的な構造原理を駆使しながら塑造可能な形態を生みだすガウディ建築の神髄を見る。
当時完成は100年後と聞かされていたが、近年の財政状況の好転とめざましい技術の革新により、完成予想が大幅に短縮された。生涯をかけてなお、自分の眼で完成を見ることが叶わない大建築に関わる建築家は、設計段階で100年先、200年先の技術の革新を想像するのだろうか。



グエル別邸

e0116578_11433425.jpg終生ガウディの理解者でありパトロンであったグエル氏のための最初の仕事で、庭園と既存邸宅の改築に伴って、門衛所の門と付属屋等を設計(1884~1887)。
写真左は、有名な「竜の門」と呼ばれる鉄扉とグエルの頭文字の付いたミナレットのような門柱。羽のついた竜に不思議を感じ調べてみると、日本の神社の向拝飾りに少なからず翼竜が付いていることを知り、自分の無知を改めて知らされた思い。















グエル邸
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e0116578_11483846.jpg1886年から1890年にかけて建築されたグエル氏の自邸。都心の住まいとして、また社交の場としての役割を果たした館だが、住宅としては豪華すぎたのか、一家は15年ほどでグエル公園内に住まいを移したという。私が訪れた頃(1975年)は、一般公開をしていなかったので内部を実見することはできなかったが、資料や最近の写真を見る限り、たしかに住宅というよりは宮殿と呼ぶにふさわしい贅沢な造りの建築である。
上の写真は通りに面したファサードの見上げ。
左は1階入り口の鉄扉や柱を飾る金属細工。当時は暗い印象しかなかったが、現在は修復(2011年)も終わり、外壁の石も洗いにかけられて明るくなり、世界遺産に組み入れられたこともあって、連日観光客が詰めかけているようである。









コロニア・グエル教会地下聖堂
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バルセロナ市の北西20kmほどに位置するサンタ・コロマデ・セルベジョにあるコロニア・グエル教会地下聖堂は、グエル氏の紡績工場に働く従業員とその家族のための教会として1908年に着工されるが、1914年に工事は中断、半地下の礼拝室のみの未完成の教会である。ガウディがサクラダ・ファミリアの建築に専念するために中断したという説もあるが、建築家の精神としては考えにくい。定かではないが、第一次大戦がグエル氏の事業にもたらした経済的影響が大きな要因ではなかろうか。未完の建築ではあるがガウディの最高傑作と評されるこの半地下の教会は、自然と重力が調和した建築を目指した、ガウディの考えが最も具現化された建築とも言われている。
写真上は、松林の中に溶け込むように建つ教会。ガウディが残したスケッチは、この上に30mを超えるドームや塔が建つという壮大な計画であるがゆえ、後のガウディ建築の最大の構造的特徴ともいえるカテナリー曲線による構造形態を生みだすきっかけとなっている。あくまでも工場従業員とその家族のための教会と考えると、個人的にはちょっと違和感を覚えるが、もし計画通りに完成していたらサグラダ・ファミリアと双璧をなしていたのではと想像する。写真下は傾斜した荒削りの石柱と、荒々しく仕上げられた煉瓦の梁や壁が創出する洞窟のようなほの暗い空間に、色ガラスを透した光がやさしい幻想的な礼拝室内部。
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グエル公園
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バルセロナ市街を一望できる丘陵地の中腹にあるグエル公園は、1900年から1914年にかけて建設されている。始まりは、グエル氏の田園都市構想をもとに、都市における住宅の在り方をグエル公園計画に取り入れ、芸術や自然との調和をうたった分譲住宅地であった。ただ分譲地の建築制限や交通の不便さなど、当時の人々の価値観に見合ってなかったのか買い手はなく、購入者はグエル氏とガウディの2人だけだったそうである。1906年のグエル氏の没後工事は中断し、その後バルセロナ市に寄付され公園となる。
写真上はトカゲの噴水のある大階段と広場を支える列柱を望む。下の写真は、ガウディを連想できるうろこ状仕上げの斜め柱の回廊。
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カサ・バトリョ

e0116578_1225022.jpgカサ・バトリョは、1877年に建築された集合住宅であったが、1904年から1906年にかけてガウディによって改築された邸宅である。残念ながら内部が解放される以前の訪問で、優美な曲線的な内装や華麗なタイル装飾などは見ていない。ぜひこの目で実見したいと今でも思っている建築の一つである。
左の写真は1983年の撮影で、下の写真は1975年のものである。現在は見学者が列をなすほどの観光スポットの一つだが、当時は建築や美術の関係者が訪れる程度で、一般の観光客の姿はほとんど見なかった。
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カサ・ミラ
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e0116578_1263251.jpgクライアントである実業家ミラ氏の依頼による集合住宅で、建築史書によれば1905年から1910年にかけての建築とされている。波打つような石の曲線で構成されたファサードからは想像しがたいが、構造は石や煉瓦に加え鉄骨も使用した柱梁構造であるため、柱より突き出た外壁の石張りは鉛直荷重から解放されたカーテンウォールということである。
地下1階・地上6階と屋根裏からなるカサ・ミラは2階がクライアントの住宅で、3階以上が集合住宅となっている。二つのパティオの周囲を取り囲む複雑に配置された居室に矩形の部屋は見当たらない。
最近知ったことでお恥ずかしい限りだが、ガウディはカサ・ミラの計画で地下駐車場を考えていたという。グエル邸の1階に馬車を乗り入れ、地下に馬舎を設けたことを考えれば、自動車が生産され始めた時期と重なり合点はいくが、ガウディの先見性にも驚かされる。
写真上は1983年撮影、左は1975年撮影のカサ・ミラの外観。外壁の汚れが時の流れを感じさせる。



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上の写真は楕円形のパティオ内部。下の写真は通りに面する扉と住戸の入口扉。公開はされていなかったが、ここまでは自由に入ることができた。
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by toshinac | 2014-01-23 12:11 | trip photos