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アーグラ城

e0116578_1661768.jpgデリーの南およそ200km、ガンジス川最大の支流ヤムナー川沿いに築かれた古都アーグラは、ムガル朝の首都としての繁栄するのは第3代皇帝アクバルの時代から。その礎となるアーグラ城は、アクバル帝が1565年から8年かけて築いた壮大な城郭である。城壁・城門が全て赤砂岩で造られていることから、デリー城と同じようにラール・キラー(ヒンディ語で赤い城)と呼ばれることもある。
アクバル帝後も2代に亘って皇帝の居城となり、ヒンドゥとイスラムが融合したムガル朝の宮殿建築が築造されたが、1648年、6代目のアウラングゼーブ帝がデリーに都を移したことで城郭としての発展も収束する。


左の写真は、城塞南のアマル・シング門から続く城内へのアプローチ。高い両壁が音を反響し敵の侵入を知らしめるとか。




下の写真は、アクバル帝が嫡子の名を冠したジャハーンギール宮殿の外観。赤砂岩の壁に白大理石の象嵌模様が映える。その下の写真は、柱梁構造がよく解る宮殿中庭。観光客とおもわれる女性達の色鮮やかなサリーが赤砂岩一色の空間に彩りを添える。
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上の写真は、アングリー庭園越しに見る5代目のシャー・ジャハーン帝の白大理石の寝殿(ハース・マハル)。左に八角形の塔(ムサンマン・ブルジュ:囚われの塔)を頂く居室がある。
下の写真は、床に噴水を設えるなど贅を尽くしたシャー・ジャハーン帝の居室。息子のアウラングゼーブ帝に王位を追われた後、晩年の7年間ここに幽閉され、およそ2km先の川沿いに建つ、愛妃ムムターズが眠るタージ・マハル廟を眺めながら過ごしたと言われている。
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by toshinac | 2015-06-14 16:19 | trip photos