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Hall in Tirol ハル・イン・チロル

ハル・イン・チロルは、ドナウ川の支流であるイン川沿いの帝都インスブルックの東に隣接する中世の町。かつて岩塩の採掘が主要な産業であったことから、河川交易の市場として発展し、1303年に塩の販売権を得た町になったという。塩の樽を抱える2頭のライオンのデザインが町の紋章となっていることからも、この町の発展の源が塩の生産であったことが窺える。また、この町はかつて造幣所が置かれ、通貨ドルの語源ともなった高品質の「ターラー銀貨」が鋳造されたことでも知られている。ハプスブルク帝国の最も重要な町の一つとなった15・16世紀に、旧市街に今も残る教会や修道院が建てられた。
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上の写真はアルプスを背景にイン川沿いに展開するハルの町。14世紀初頭に建てられ、ハプスブルク家のマクシミリアン1世が結婚式を挙げた所として知られるハーゼック城を中央に見る。かつて城内の塔で銀貨の鋳造が行われていたこともあり、現在はコイン博物館になっている。

下の写真はイン川に架かる木造の屋根付き橋。同様の橋はインスブルックを流れるイン川にも架っている。
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by toshinac | 2012-05-24 15:31 | trip photos

リンダーホーフ城とエッタール修道院

リンダーホーフ城
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リンダーホーフ城は、バイエルン州の南、アルプスの山麓に近い小さな村オーバーアマガウの南を走るグラスヴァン渓谷の中程にある。バイエルンの王ルードヴィッヒ2世によって17世紀後半に建てられた離宮で、パリのヴェルサイユ宮の庭園にある離宮の一つ、トリアノン宮殿を手本にして造られたとされているが、どの辺りを模しているのかはよく解らなかった。深い森を背景に建つこの小さな宮殿と地形を利用した庭園は、渓谷の大自然の中に現れた人工美。装飾過多のバロックやロココはあまり好みではないが、ここの景観は気持ちよく不思議な美しさがある。写真は女神像の噴水がある池を中心に対峙する、宮殿側と傾斜を利用した階段庭園側を見る。

エッタール修道院

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オーバーアマガウの村から南へ8km、グラスヴァン渓谷の東端にあるエッタール修道院は、創建が1330年とされるベネディクト派の修道院。1710年に全面的なバロック化が始まり、ゴシック様式だった教会にバロック様式のファサードを付ける等、ある程度の改築は進んだが、資金難による工事の中断や火災による倒壊の憂き目に遭い、完全なバロック様式への移行は鈍化した。
その後の再建を経て、全ての空間が使用可能な状態になったのは1790年だったそうである。ただ北塔(写真上の左の塔)は19世紀半ばに建てられ、南塔(右の塔)とファサードは19世紀末から20世紀初頭の完成ということである。
バロック特有の華麗な内部に比べ、時代の反映か外観はネオ・クラシシズムの様相を呈している。



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by toshinac | 2012-05-16 18:23 | trip photos

シュパイヤー大聖堂

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ドイツ南西の都市シュパイヤーに聳えるこの大聖堂は、正式名「聖マリア・聖ステバノ大聖堂」という全長133mの長大なバシリカ式聖堂である。神聖ローマ皇帝コンラート2世の命により、1030年に建設が開始され、孫のハインリヒ4世によって1061年に一応の完成をみるが、その後すぐに大規模な改修が始まり、完成までに80年近い歳月を要したという巨大な建築である。
この時の改修で初めて身廊部分に石のヴォールト天井が架けられたことで、ドイツに於けるロマネスク建築の時代の始まりとも言われている。数世紀にわたり帝国繁栄の象徴でもあった大聖堂は、17世紀にフランスの侵略を受けた時点から、破壊と再建の道をたどることとなる。19世紀に修復された現在の大聖堂は、創建当初の姿を取り戻したことが評価され、1981年、世界文化遺産に登録された。
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        大聖堂の地下には大きく美しいクリプト(地下祭室)が設けられていて、コンラート二世
        をはじめ歴代の皇帝や皇后が葬られている。ロマネスクの教会堂では盛んに設けられ
        たクリプトは、通常内陣の下に設けられるが、ここでは交差廊の下にまで及ぶ広い祭室
        となっている。もともと祭壇下の石室に納めた聖者の遺体や聖遺物に、少しでも近づいて
        崇拝できるようにするため、石室の周りに造った廊下状の通路がクリプトの始まりで、
        10世紀頃から交差ヴォールトを架けた列柱式広間に発達したという。
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        写真下はロマネスク様式の聖堂としては最大級の大きさを誇る
        シュパイヤー大聖堂の鳥瞰写真(Google Earth)
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by toshinac | 2012-05-08 17:26 | trip photos