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ヴィトレスク(Hvitträsk)

ヘルシンキの西キルッコヌンミ市のフヴィットラスク地区にあるヴィトレスクは、3人の建築家エリエル・サーリネン(1873~1950)、ヘルマン・ゲゼリウス(1874~1916)、アルマス・リンドグレン(1874~1929)の、仕事も生活も共にする場として建てた彼らの理想郷。ヘルシンキ工科大学で共に建築を学んだ3人は、1896年にヘルシンキに設計事務所GLSを開設。仕事は順調に進み、1900年のパリ万博におけるフィンランド館の設計後、仕事に専念できる静かな環境を求め、ヴィトレスク湖畔の深い森に囲まれたこの地を取得し、各自の住まいと共同のアトリエを1903年に完成させた。だがここでの共同活動が長く続くことはなく、リンドグレンは2年後には自身の事務所を立ち上げてヘルシンキに移り、この時点でGLSは事実上の解散。ゲゼリウスは病のため1912年には仕事を離れることとなり、ヴィトレスクは全てサーリネンに引き継がれると、その後の約10年間サーリネンの事務所となり、ヘルシンキ中央駅や国立博物館など多くの作品を残す場となるのだが、1923年、活躍の場をアメリカに求めたサーリネンは移住を決め、家族とともにヴィトレスクを去る。ちなみに息子である世界的な建築家エーロ・サーリネン(1910~1961)は、幼少時代をここヴィトレスクで過ごしている。
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サーリネン家族が去った後のヴィトレスクは、資産家や銀行所有などの変遷を経て、1981年にフィンランド国家のものとなり、改修復元が進められ博物館として一般公開されている。上の写真はサーリネン邸部分の中庭側と、湖側から見上げた自然の中の佇まい。

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左はリンドグレンの住居とサーリネンの住居を結ぶアトリエ部分。
下の写真はアトリエの内部。
写真は無いが、中庭を介して建つゲゼリウスの住居は、現在レストランやカフェとして利用され、湖畔のサウナも予約使用ができるらしい。
3人の若い建築家達の夢が詰った理想郷ヴィトレスクは、いまでも森と湖の環境をこよなく愛する市民
の憩いの場となっている。
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by toshinac | 2013-10-20 09:21 | trip photos

テンペリアウキオ教会

当初タイヴァラーティの教会と呼ばれていたテンペリアウキオ教会(1971年に公式名)は、ヘルシンキの中心部に近い、高密度の住宅地に囲まれたテンペリアウキオ広場にある。周囲の道路面から、8m~13mほど盛り上がった露岩の丘陵を掘り下げて造られた教会は、その形態のめずらしさも手伝って、年間50万人もの人々が訪れるヘルシンキの観光スポットになっている。
設計はティモ・サカリ・スオマライネン(1928)とトゥオモ・オスカリ・スオマライネン(1931~1988)兄弟。1961年の国内コンペで選出され、翌年には事務所を設立して実施設計に入るが、予算上その規模は大幅に縮小されたという。さらに広場は周辺住民のレクリエーションの場であったため、“広場の社会的性質の保存”についての論争が続くなど、曲折の末1969年に完成した。
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e0116578_9165974.jpg広場の形態をできるだけ損なわないというコンセプトに基づいた教会は、地下の礼拝堂を蔽うドーム屋根が特徴で、その形は自然な岩の形態に合わせて決められている。
岩盤に固定された180本の傾斜したコンクリート梁を放射状に配し、ドーム中央の厚さ7㎝のコンクリートシェルを支える構造は、周囲の岩の傾斜になじんだ緩やかなドーム屋根を実現させた。(写真上)


写真右:礼拝堂入口上部に設けられたギャラリーから祭壇を見る。祭壇横の開口は、20mほど離れた教会事務センターに通じるトンネル通路の出入口。


写真下:掘り下げた岩盤の岩肌を壁、コンクリート研磨仕上げの床という斬新な堂内には、銅板仕上げのシェル部分を支持するルーバー状の梁間から、優しくやわらかい光が降り注ぐ。
自然な岩の壁と人工的なドーム屋根の空間は、音響効果が高いということもありコンサート会場としての利用も多いという。
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by toshinac | 2013-10-05 09:32 | trip photos