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ストックホルム市庁舎

e0116578_1635486.jpgノーベル賞の時期、マスコミ等で毎年話題となるスウェーデンのストックホルム市庁舎は、1923年完成のナショナル・ロマンティシズム(18世紀末から19世紀前半のヨーロッパで起こった精神運動の一つであるロマン主義が起源となり、美術・音楽・建築などの芸術領域にまで波及した潮流で、汎ヨーロッパ的ともいうべき古典主義とは違い、国民・国家や民族意識を主張するような表現)の建築で、メーラレン湖畔に建つ姿が美しい、ストックホルムの観光の名所である。


右の写真はシンボリックな市庁舎の塔(塔頂高106m)を湖に面した庭園から見る。





下の写真は庭園から市庁舎のアーケード越しに中庭を望む。
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設計はスウェーデンの建築家ラグナル・エストベリ(1866~1945)。湖に面したこの敷地には当初(1091)裁判所の建設が計画されていたが、コンペを経たエストベリの裁判所案を市庁舎として建設することが議会(1908)で決められたという不思議。結果多くの設計変更を余儀なくされ、1913年の着工後も計画変更を重ねるなど、紆余曲折を経ての完成はある意味折衷的な意匠だが、スウェーデンロマンティシズム建築の最高傑作と評され、エストベリの代表作品となっている。
上の写真はノーベル賞の晩餐会の場として知られる“青の間”。青灰色の床石に青色の壁となるはずの“青の間”は、工事途中の変更で煉瓦色の間となっている。
下の写真は塔の上から眺めた中庭。小塔に挟まれた“黄金の間”方向を見る。
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by toshinac | 2013-11-21 16:48 | trip photos

アールト建築散見

20世紀を代表する世界的建築家の一人であるアルヴァ・アールト(1898~1976)の建築は、多くの研究者や評論家によって分析され語られているので今更だが、35年以上前に撮りためたフィルム写真をデジタル化した中から、懐かしいアールト建築をピックアップしてみた。旅の途中で、あまり知識もないままに撮った写真だけに、どこか焦点のはっきりしない間の抜けた感じは否めないが、再び訪れる機会がくるかもと、淡い想いをもちながらアールトの建築を見つめなおしてみた。

パイミオのサナトリウム
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サナトリウムのあるパイミオの町は、フィンランド南西部の大都市トゥルクの東に位置し、車で30分ほどの距離にある。町から4kmほど離れた松林の中に建つサナトリウムは結核患者の療養施設。コンペの入賞作で、1929年から1933年にかけ、ほぼコンペの原案通りに建てられた初期のアールト建築の傑作と評されている。現在はトゥルク大学の中央病院付属の総合病院となり、1970年代に改修工事がなされているが、規模や仕様の変更はなく、見学者用に一つの病室がオリジナルの状態で保存されているという。
写真上は車寄せのある正面中庭と病室棟を松林から見る。
写真下は入口ホールと患者用屋上バルコニー。すでに患者のための外気浴スペースとしての役目を終えたためか、松の鉢植えが並べられていた。
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ベーカーハウス
第2次大戦終了後の1946年~1948年まで、M.I.T.(マサチューセッツ工科大学)の客員教授を務めたおり、学生寮“ベーカーハウス”の設計を依頼され1949年に完成した。煉瓦に覆われたうねる壁面が特徴的な学生寮は、前を流れるチャールズ川の景観が、全ての部屋から眺められるように設計されている。当時のアメリカはガラスカーテンウォールの高層建築が華やかな時代。煉瓦貼りのベーカーハウスの評判はかならずしも高くはなかったようである。(写真下)
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国民年金協会
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ヘルシンキのサッカースタジアム(ソネラ)に程近い、三方を道路に囲まれた三角形の敷地に建つこの建築は、1948年のコンペを勝ち得て1956年に完成したものである。三角敷地の頂点に正面を据え、建物を雁行させて敷地に適応するように配置し、背面側の中庭を囲むように建つ。写真はその背面側の裏門から見たもの。アールトについての知識も低かった当時、外観を一見しただけで、アールトデザインの集大成と言われるような内部空間を見なかったことを悔いている。現在はKELA(フィンランドの社会保障機関)の本部ビルとなっているようだ。(写真上)

文化の家
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ヘルシンキ中央駅から北に2kmほどのSturenkatu通りに面して建つ“文化の家”クリトゥーリ・タロは1958年の完成。フィンランド共産党の文化団体の施設として建設され、事務棟と会議や演奏会に使えるホールからなり、一体感を生みだす装置として設けられた長さ60mのキャノピーが2棟間に架かる。ベーカーハウス以降の1950年代の円熟期、アールトの建築は煉瓦と銅が外観の主要な材料となることが多くなる。現在国の所有となった“文化の家”はコンサートホールとして活用されている。(写真上)

ラウタ・タロとアカデミア書店
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ラウタ・タロとアカデミア書店はヘルシンキ中心部のKeskuskatu通りにある。中央のサーリネンによるかつての銀行ビル(現在は証券会社のビル)を挟んで左がラウタ・タロ、右がアカデミア書店(写真上)。写真では通りに車を見るが、現在は車の乗り入れができない歩行者天国になっている。

e0116578_10363415.jpgヘルシンキ初のカーテンウォールによるファサードのビルであるラウタ・タロは、1951年の鉄鋼会社による指名コンペの入賞作で1955年に完成。ビルの中央にある3層吹き抜けのライト・コートが、北国の広場としての効用を兼ね備えたオープンスペースとして評価が高い。
左の写真上下は、ラウタ・タロのライト・コートに設けられた特徴的な丸型スカイライトの外部と内観。

e0116578_10374351.jpg後にビルは売却され、現在は4つの法人が所有し、市民の憩いの場でもあったオープンスペースは企業や団体の催しものや展示会などに利用され、一角にあった人気のカフェは、アカデミア書店の中に「カフェ・アールト」として再開されている。

下の写真は1961年のコンペを経て1969年に完成したアカデミア書店。吹き抜けロビーの独特な形状のスカイライトから優しい自然光が降り注ぐ。

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ヘルシンキ工科大学
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ヘルシンキ近郊のオタニエミにあるキャンパスは、アールトのコンペ当選案(1949年)に沿ったもの。建設の実施は60年代が主で、写真上の扇型の大講堂を含めた大学本館は、アールト自身が手掛けた建築の一つで1966年に竣工。大講堂はキャンパスのシンボルとなっている。
訪れた当時はキャンパスの一部がサマーホテルとして開放され、講堂のロビーがホテルフロントとして利用されていた。(写真下) ちなみに、2010年にヘルシンキ工科大学・ヘルシンキ経済大学・ヘルシンキ芸術デザイン大学が統合され、アールト大学と命名された。
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フィンランディア・タロ
ヘルシンキ中央駅近くのテーレ湾沿いにあるフィンランディア・タロは、国際会議場とコンサートホールを兼ねた建物で1971年に竣工しているが、国際会議場としての機能不足ということが分かり、1973~1975年にかけて会議棟部分が増築され1975年に完成した。水辺に建つ白亜の建築は、アールト晩年の集大成と言われている作品だが、残念なことに外壁の白大理石に凍結による反りが生じ、剥落の危機にさらされたため1998年に改修。伝え聞く話によれば、大理石は再び反り始めている部分があるという。北欧の寒い気象現象下でのビヤンコ・カッラーラ仕様が適切か否かという問題はあるが、白い大理石で覆われたフィンランディア・タロは佳麗である。写真は東側外観と南西側外観。
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