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コインブラ

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ポルトガルの中央部に位置し、1131年~1255年まではポルトガルの首都あったコインブラは、リスボン、ポルト、に次ぐポルトガル第3の都市。エストラーレ山脈を源とするモンデゴ川を挟んで街は東西に広がり、観光の中心となる旧市街やコインブラ大学は川の東側に展開する。
上の写真はモンデゴ川に架かるサンタ・クララ橋と丘の上のコインブラ大学を望む。左端の川沿いに建つドームを頂いた建物は、宿泊したコインブラの老舗ホテル“アストリア”。
下の写真は商業の中心地区ともいえる5月8日広場の夕暮れ。
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コインブラ大学
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e0116578_9461843.jpg1290年創設の大学は当初リスボンに置かれ、1308年にはコインブラに移転。しかし1338年アフォンソ4世の時代にリスボンに戻されたが、1354年再びコインブラに移転。更に1377年にはまたもやリスボンに移された大学は、その後150年以上そのままとなっていたが、1537年ジョアン3世の時代にコインブラに戻されて以降、移転することなく落ち着いた。移転の背景には、影響力を強めていた大学を首都から隔離する政治的思惑があったとされている。 ポルトガルではもちろん、ヨーロッパでも有数の歴史を誇るコインブラの旧大学と、共に歴史を刻んできた周りの建物群が、2013年世界文化遺産に登録されている。

写真上は、旧大学のシンボルともいえるラテン回廊(ラテン語しか使えない場所)と17世紀の時計塔を、ジョアン3世像の背後から見る。
写真左は、ポルタ・フェレア(鉄の門)と呼ばれる旧大学の門。当時の医学や法学など、各学部を象徴する彫像が飾られている。門を一歩入れば厳しい勉学の日々となることから “無情の門” の呼び名もある。

写真下は、ラテン回廊から通じる帽子の間。学位授与の儀式など、大学内の重要行事が行われる部屋で、もとはポルトガルの初代王朝の王宮の玉座として用いられていた部屋だそうである。壁には歴代のポルトガル王の肖像画がかかる。
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ジョアニナ図書館
ジョアン5世の命により、1717年~1728年に建てられた図書館は、世界の美しい図書館の一つに数えられるポルトガル最高級の文化財。重厚なバロック風入口を持つファサードは格調高く、内部は華麗な金泥細工の装飾や、重厚な書架に納まる皮装の蔵書等は圧巻で、大航海時代の覇権の証を見る思い。残念ながら内部の撮影は禁止。下の写真は、1日数回の見学ツアー時刻に合わせて集まる観光客。
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旧大聖堂
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e0116578_9535780.jpgコインブラの旧大聖堂は、レコンキスタ時代からの形態をほぼそのまま残すとされる、ポルトガル唯一のロマネスク建築である。初代ポルトガル国王アフォンソ1世(在位:1139~1185)によって1162年頃に着工(ポルトガル大使館による歴史年表では1139年着工とある?)された大聖堂で、1184年には一般公開もされたらしいが、建設は1300年代の前半頃まで続いたようである。リスボン大聖堂の建設を指揮した同じ建築家によって進められた計画は、リスボン大聖堂と同じく要塞の役目を兼ねた教会建築となっている。

上の写真は、細身の窓と銃眼付きの胸壁が要塞を想わせる旧大聖堂西正面。

左の写真は旧大聖堂内部。

下の写真は、13世紀初頭のロマネスクからゴシックへの過渡期に建てられた中庭の回廊部分。ロマネスク様式の半円形アーチをゴシック様式の尖頭アーチに取込んだ意匠。


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サンタ・クルース修道院
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e0116578_101878.jpgコインブラ観光の起点ともいえる5月8日広場に面して建つサンタ・クルース修道院は、1131年に首都をコインブラに移したアフォンソ1世(アフォンソ・エンリケス)による同年の建立とされている。アフォンソ1世の特別な保護を受けた修道院は、ポルトガル王国の初期における最も重要な修道院としてその地位を確立。その後16世紀前半にマヌエル1世による大規模な改築を経て、政治・文化の拡大に貢献し、ポルトガルの宗教史において重要な役割を果していくことになる。
上の写真はサンタ・クルース修道院の正面。修道院の基本は1223年までに完成していたらしいが、16世紀初めに二つの尖塔や装飾されたコーニスが付け加えられ、1522~1525年頃にかけて正面入り口が改築。ルネッサンスの影響をマヌエル様式で調和させた象徴的なファサードが完成。左の写真はマヌエル様式の礼拝堂。壁は美しいアズレージョ(ポルトガル独特の装飾タイル)で飾られている。下の写真は沈黙の回廊(Claustro do Silêncio)と呼ばれる修道院の中庭回廊(16世紀)。マヌエル様式の捩じり模様で飾る後期ゴシックの尖塔アーチと、回廊腰壁のアズレージョを見る。
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by toshinac | 2014-04-26 10:21 | trip photos

エヴォラ旧市街

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リスボンの東約130kmに位置するエヴォラは、1584年に日本の天正遣欧少年使節が訪れたことでも知られるアレンテージョ地方の中心都市。その旧市街はローマ時代の城壁で囲まれ、ローマ、イスラム、キリスト教と、それぞれの時代を映す建物が、およそ1平方kmの城壁内で渾然と融合している様は、ガイドブック等で美術館や博物館のような町と例えられるのも頷ける。旧市街は、1986年に世界文化遺産に登録されている。上の写真は、エヴォラ旧市街の中心ジラルド広場に直進できるセルパ・ピント通りに通じる城壁入口。
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上の写真左は、アーチを連ねるアーケードが特徴的なジラルド広場の建物とアーケード。広場の名は、エヴォラにおけるレコンキスタ(1165年)の英雄ジラルド・センパボルに因んで付けられている。上の写真右は散策が楽しい旧市街中心部の通り。下の写真は古代ローマ遺跡のディアナ神殿。奥に15世紀に建造されたロイオス教会を見る。
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エヴォラ大聖堂
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e0116578_9162084.jpgエヴォラ大聖堂は、レコンキスタによってキリスト教徒の都市となった直後から建設が始まり、ロマネスクの色合いを残す初期ゴシック様式の小規模な聖堂が1204年に完成。リスボン大聖堂をお手本とした平面は、その後13世紀末から14世紀中頃にかけて拡張されゴシックの回廊も造設。さらに16世紀に入ると、交差廊左側のエスポラォン礼拝堂がマヌエル様式で再建され、18世紀の前半には、色彩豊かなバロック様式の内陣が再建されている。
上の写真左側は聖堂を特徴づけるポインテッド・バレル・ヴォールトが架かる身廊。中央左側にマヌエル様式で装飾された聖歌隊席を見る。
上の写真右側は、マフラ国立宮殿(ポルトガル西岸部の都市マフラにあるバロック様式の宮殿)の設計者でもあるドイツ人建築家ヨハン・フリードリヒ・ルードヴィッヒの設計とされるバロック様式の内陣。写真左は16世紀の完成とされる正面右側の塔を回廊の中庭越しに見る。
下の写真は1317年~1340年にかけて建設されたとされるゴシック様式の回廊。
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水道橋
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e0116578_9223387.jpgアグア・デ・プラタと呼ばれるエヴォラの水道橋は、ジョアン3世(ポルトガル王:在位1521~1557)が夏の水不足解消のため、ベレンの塔を建設したフランシスコ・デ・アルーダに命じ、1537年に完成したもの。水源はエヴォラの北西の町Graca do Divorにある泉で、その距離はおよそ19km、水道橋部分は9kmほどで、19世紀に老朽化した部分の修復や再建がなされているそうである。
上の写真は城壁のすぐ外側に見る水道橋で高さ14mほど。
左の写真は城壁内の水道橋だが、アーチの下を住居や倉庫に利用した景観が街並みにとけ込んでいる。
下の写真は、標高の高い街の中心に近づくにつれアーチ高さが低くなり、貯水施設とおぼしき建物に消える水道橋。
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by toshinac | 2014-04-10 09:25 | trip photos