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古都ブラガ

古代ローマのアウグストゥス帝の時代(紀元前20年頃)に建設されたブラガ(ラテン語名:ブラカラ・アウグスタ Bracara Augusta)は、ローマ帝国の行政区となって急激に発展したポルトガル最古の都市の一つ。3世紀末には帝国の属州ガラエキア(現在のスペイン北部の総称)の首都としての地位を与えられ、主教区としてイベリア半島におけるキリスト教化の重要な拠点であったという。中世の時代に大司教区をめぐり、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン北西部の都市でキリスト教三大巡礼地の一つ)と勢力を競い合うほど宗教都市として発展したことから、ブラガには“祈りの町”という呼び名がある。
下の写真は、中世の城壁跡の中に納まるブラガ中心部(Google Earth)。歪な城壁跡の北東部にレプブリカ広場。北西部にペリカン噴水で有名な市庁舎前広場。中央にブラガ大聖堂を見ることができる。
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下の写真の上は、レプブリカ広場にあるアーケードとラパ教会。アーケードの原点は中世の城壁に沿うような形で設けられた商業施設。定かではないが、18世紀初頭には屋根付きの施設となり、同世紀中頃にはブラガで最も賑わう中心的な場所となっていたらしい。アーケードの背後に、1761~1767年頃に建設されたラパ教会は、入口をアーケード中央に設けた珍しい造り。設計は当時の大司教に仕えた建築家アンドレ・ソアレス(1720~1769)。
下の写真の下は、もとは司教の宮殿であったブラガ市庁舎。設計はアンドレ・ソアレスで1754~1765年頃の建設。イベリア半島に於けるバロック様式の建築の最も良い例と言う説もある。
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下の写真はブラガ大聖堂の西正面ファサードと礼拝堂内部。キリスト教徒がブラガを奪還(1040年)した後の1071年頃が着工時期とされ、1089年に東側の礼拝堂のみ献堂されたという。その後12世紀に入って建設が再開され原型が構築されたが、時代の変遷と共に重ねた改修は、ロマネスク、ゴシック、マヌエル、バロックの様式が混在した建築を創りだす。
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ボン・ジェズス・ド・モンテ教会
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e0116578_8502713.jpgブラガの中心部から東に6kmほどの郊外にあるボン・ジェズスは、標高410mの丘の斜面に広がる巡礼の聖地で、バロック様式のジグザグ状階段が印象的。キリスト教以前からの宗教的場所であったこの地に、初めて礼拝堂が設けられたのは14世紀頃とされ、17世紀の前半には六つの礼拝堂を持つ巡礼教会となっていたようである。
現在の聖域は、大司教ロドリゴ・デ・モウラテレスの依頼を受けた、建築家で軍事技術者のマヌエル・ピント・デ・Vilalobos(~1734)により1723年に着工されたもの。聖域の整備は18世紀を通じて進行していくが、1781年頃、大司教ガスバル・デ・ブラサンガが、最上部の階段と新しい教会の建設を決めて聖域の完成とした。
階段はジグザグ状を継承し、古い教会を取り壊した跡には、建築家カルロス・アマランテ(1748~1815)によるネオクラシズム様式の新しい教会(1784~1811)が建てられた。
上の写真は、教会へのアプローチを構成するダイナミックなバロック様式の階段と、霧で霞む教会の鐘塔。左の写真はジェズス教会正面ファサード。


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by toshinac | 2014-05-28 08:55 | trip photos

ポルト歴史地区

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e0116578_8565213.jpgポルトガル発祥の地ともいえるポルトは、この国の商工業の中心都市。街を貫くドウロ川河口の丘陵地北岸に展開する旧市街は、ポルト歴史地区として世界遺産登録されている。ドウロ川南岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア一帯は、ローマ帝国時代 “コンダドゥス・ポルトカレンシス” と呼ばれ、その河口の港町ポルトゥス・カレ(Portus Cale : カレの港)がポルトの起源とされ、ポルトガルの語源となっている。
ワイナリーが建ち並ぶドウロ川南岸から眺めた旧市街は、坂の街特有の美しい景観美を見せてくれる。(写真上)
左の写真はポルトで一番の賑いをみせる商店街サンタ・カタリーナ通り。





下の写真はポルトのランドマークでもあるドン・ルイス1世橋。エッフェルの弟子テオフィロ・セイリグの設計。(1886年の完成)
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ポルト市庁舎
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ポルト市庁舎は、鉄道での玄関口であるサン・ベント駅北西のリベルダーデ広場から、北に延びるアリアードス通りにあるウンベルト・デルガード広場に面して建つ。この建築は、イギリスの都市計画家であるリチャード・バリー・パーカー(1867~1947)によるポルトの都市計画(リベルダーデ広場からウンベルト・デルガード広場に至る一帯の計画)に於ける、市民センター拡張計画(1916年)に組み入れられたことに始まる。設計はアントニオ・コレイア・ダ・シルバという建築家らしいが、情報不足で人物像はよく分からない。1920年の着工後、原案の変更や工事の中断などが続き、1947年からの再開には、建築家で教育者でもあるカルロス・ジョン・チェンバース・ラモス(1897~1969)が関わり、建物は1955年に完成。1957年に市庁舎としての行政サービスが始まったようである。重厚で立派な市庁舎建築は、フランダース地方(フランス北部からベルギー・オランダにかけての地域)の宮殿建築の様式がベースにあるらしいが、ファサードの印象がどこか散漫で、この建築ならではの個性が感じられないのは、長きに亘る工事の中断が影響しているのだろうか。(写真上)
ちなみに下の写真は、ジョルジェ・コラソ(アズレージョ作家・画家1868~1942)の作品が壁面を飾るサン・ベント駅入口ホール。
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グレリゴス教会
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e0116578_962488.jpg1732年の着工で1750年に完成したグレリゴス教会は、建築家で画家でもあるイタリア人ニコロ・ナッツオーニ(1691~1773)の設計によるバロック様式の教会。四方を道路に囲まれた細長い敷地形状を最大限利用した教会は、楕円の礼拝堂の平面形をそのまま建ちあげた形態に、装飾豊かな正面ファサードが付き、正面を飾るべき鐘塔を教会の最後部に配するという大胆な構成。独創的な考えのもとで建設された鐘塔は“グレリゴスの塔”としてポルトの象徴となっている。
上の写真は側面全景。
左の写真は高さ76mの鐘塔。






下の写真はグレリゴス教会ではないが、ポルトで数多くの作品を手がけた、ニコロ・ナッツオーニによるポルト大聖堂北面のバロック様式のロッジア(1736)。
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レロ・イ・イルマオン書店
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書店の歴史は古く1869年の創業とされるが、現在の場所に書店が建てられたのは1906年だそうである。世界で最も美しい書店の一つと形容されるこの建築の設計者は、土木工学技師・教育者・政治家の肩書が付くフランシスコ・ザビエルエステべス(1864~1944)という人物。ネオ・ゴシック調のファサードや華麗なインテリアを見ると、隠れた建築デザイナーが存在したのでは?などと疑ってしまう。
上の写真は外観と内観。表に面した2階のカフェを見る。店内はインテリア目当ての観光客ばかりが目立ち、本の売り上げが気になるところ。下の写真は2階のカフェ側から、中央の踊り場風に見える階段ササラ桁を見る。
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by toshinac | 2014-05-12 09:17 | trip photos