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シカゴの高層建築

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イリノイ州最大の都市シカゴは、アメリカの経済・金融の拠点の一つとして発展してきた世界的な都市で、摩天楼が聳え立つアメリカ型都市の発祥とも言われている。1871年の大火で市内の建物のほとんどが焼失したシカゴは、その後の再開発と産業復興を背景に空前の建築ブームが起ると、全米から多くの優れた建築家が集まったという。後にシカゴ派と呼ばれる彼らによって耐火建築の技術が進み、やがて鉄骨構造の高層事務所ビル構想が実現。それは20世紀の都市型建築の先駆けとなっていく。上の写真はシカゴ観光の目玉の一つでもある美しい夜景。

ジョン・ハンコック・センター
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1969年完成のジョン・ハンコック・センターは、建築史上からの評価も高い高層集合住宅とオフィスと商業施設から成る複合建築で、SOMの作品の中でも傑作の一つに数えられている。設計はブルース・J・グラハムと構造のファズラー・R・カーン。高さ343mの100階建て、完成時はシカゴ一の高さを誇っていた。
外周の柱とスパンドレルとブレースで構築された筒状のフレームと、建物中央に設けた耐力コアで全体を支えるチューブ構造である。建物4面に配されたこれらの構造体を露出させたデザインは、後に出現する構造表現主義的なハイテク建築の先駆けともいえる。
下層29フロアにオフィス・ホテル・ショップが入り、上層の49フロアがコンドミニアムで44階のスカイロビーには室内プールが設けられている。巨大なX型ブレースと先細りのデザインが特徴的なジョン・ハンコック・センターは、ミラーガラスで覆われたボストンのジョン・ハンコック・タワーとは対極をなす印象がある。
上の写真はミシガン湖を背景に聳え立つジョン・ハンコック・センター。手前にはマリーナ・シティのコーン・タワーと黒いIBMビルが見える(シアーズ・タワーの展望台より)。下は望遠写真と見上写真。
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ウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)

e0116578_9544079.jpgかつて世界最大の百貨店であったシアーズの本社ビルとして、1974年に完成したシアーズ・タワーは、109階建て442m(アンテナ含みで527m)の全米2番目の高さ(1番は1ワールドトレードセンター)を誇る超高層ビル。英国の保険大手ウィリス・グループ・ホールディングがビルの命名権を獲得したことで2009年よりウィリス・タワーに改称された。
設計はジョン・ハンコック・センターと同じブルース・J・グレアムと構造のファズラー・R・カーンによる。
1辺に4.5m間隔で柱が入る約23mの正方形チューブを9本束ねた形状で形成される平面は、階が上がるほど正方形チューブが削減していく「ステップ・バック」構造となっている。この構造計画の背景には、シアーズ本社としての大きなオフィス・フロアの必要性と共に、テナントのためのユニヴァーサルなフロア・サイズの要求があったそうである。

左の写真:完成時世界一の高さを誇ったウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)も現在は世界で10番目ぐらいとか。しかしその威容はシカゴのランドマークとして、広く市民や観光客から親しまれている。

下の写真はジョン・ハンコック・センターの94階展望室から眺めたシカゴの夕景。
高さが際立つウィリス・タワーとAonセンター(左の高層ビル)。アモコビルとも呼ばれたAonセンターは1972年完成のモダニズム建築で、設計者はエドワード・ダレル・ストーン(1902~1978)。鉄骨チューブ構造に白い花崗岩の外壁が特徴的。
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マリーナ・シティ
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シカゴの都心部を流れるシカゴ川沿いに位置するマリーナ・シティは、2.5ヘクタールの敷地に計画された5つの建物からなる複合施設で、若い一時期、バウハウスのミースのもとで学んだシカゴ生まれの建築家、バートランド・ゴールドバーグ(1913~1997)の設計で1964年に完成。
コンセプトは、住居、事務所、銀行、店舗それに劇場など、都市に於ける日常生活の全てを敷地内に盛り込むというものだが、当時のシカゴ市にもゾーニングという都市規制あったため、用途の違った複合建築の認可は得られないのだが、彼は実現に向け、都市に関する哲学的な議論を連邦政府にし続けたそうである。その結果、規制の修正があり建設の許可がおりたという。理由があっての事らしいが、日常生活の全てと言いながら、教育施設と医療施設は盛り込まれていない。ゴールドバーグはマリーナ・シティの完成後、なぜか病院や学校等の公共建築が多いと思うのは考えすぎかな? 
上の写真は高さ179mのマリーナ・シティのツインの住居棟。その特徴的なトウモロコシ状の形態からコーン・タワーとかコーン・コブの愛称がある。ふたつのタワーの足元にマリーナを設け、下層に900台収容の駐車場、上層は900世帯が入るアパートとして建設された。高層建築は鉄骨造のキュービックなデザインが主流であったこの時代、コンクリート造の円と曲線で構成された建築は人々を驚かせたに違いない。
ちなみに隣の黒いビルはミース設計のIBMビル(1971)。
下の写真は駐車場。スティーブ・マックウィーン主演の映画“ハンター”で、カーチェイスの末フェンスを突き破った車がシカゴ川に転落するシーンを思い出す。
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レイク・ポイント・タワー

e0116578_10162047.jpgミシガン湖畔に建つレイク・ポイント・タワーは、1968年に完成した高さ196m70階建ての高層集合住宅。設計はジョージ・シッポーレイット&ジョン・ハインリッヒ・アソシエツ。
この建築は、IITで彼らの教授であったミース・ファン・デル・ローエが、ベルリン在住時に発表した“ガラスの摩天楼Glass Skyscraper”案(1921年・1922年)を基に具現化されたものという話だが、設計者のシッポーレイットは完成時若干29歳、師匠であるミースはその1年後に亡くなっている。設計や施工時に、師匠から何らかのサゼッションがあったのか否か、個人的には気になるところ。
鉄筋コンクリート構造で、中央の巨大な三角形のコア・シャフトが建物の鉛直荷重の大半を支持することで、3方向に突き出たスラブを支える柱をできるだけ細く見せ、曲線を描く外周をアルミとガラスのカーテンウォールがしなやかに包み込んでいる。
建築の本質的なところを追求し、無駄な装飾を廃したシンプルなデザインは、ミース・ファン・デル・ローエの建築の概念を、若い彼らが結実させた傑作。(写真左)




レイク・ショア・ドライブ・アパートメント

e0116578_10243395.jpgミシガン湖沿いの自動車道路レイク・ショア・ドライブに面して建つこの建築は、ミース・ファン・デル・ローエのシカゴにおける代表作品の一つである。鉄骨構造の26階建て高さ82mの高層アパートで1951年の完成。鉄とガラスのカーテンウォールの外観は、集合住宅というよりはオフィス・ビルの印象だが(写真左)、ミースの建築はその用途とは関係なく、ほとんどが鉄とガラスで構築されているため、基本的には同じようなデザイン構成となる。
それは空間の用途を限定せず、空間を使う人が用途を決めるという、ミースの空間概念からくる必然性のなせるわざ。
当然のことながら、この建築のコンセプトも、ベルリン時代の“Glass Skyscraper”案が根底にあることは言うまでもない。




下の写真はエントランス廻りのオープンスペース。

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ここで取上げた高層建築は、1984年に訪れた時の写真であるため、1960年代・1970年代に建設されたものばかり。SOM設計のトランプ・インターナショナル・ホテル&タワー(2009年)や、女性建築家ジニー・ガング設計のアクア・タワー(2010年)など、新たな高層建築が次々と誕生するシカゴも、世界の大都市と同様にそのスカイラインを刻々と変化させていく。

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by toshinac | 2014-10-29 10:32 | trip photos

IITクラウン・ホール

イリノイ州を代表する大学の一つIIT(イリノイ工科大学)にあるクラウン・ホールは、バウハウスの3代目校長であったミース・ファン・デル・ローエ設計の建築・都市計画学部の建物。バウハウスの閉鎖(1933年)後シカゴに移住し、アーマー工科大学(後のイリノイ工科大学)建築学科の主任教授となったミースは、1939年から同大学の新キャンパス計画に着手。鉱物・金属研究棟やIITの同窓会館など、1958年にIITを去る間に20棟を超える建物を手掛けているが、1956年完成のクラウン・ホールは、ミースのアメリカにおける代表的作品の一つに数えられる建築となる。下の写真は正面階段が付く南側を見る。段板の一部にトラバーチンの劣化が見られたが、シャープなデティールは健在。
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地上1.8mに設けられた床版と、H鋼柱に支持された4本のリブ付きプレート梁から吊られた屋根版との間は、高さ6mのスチールサッシのガラス・スクリーンが廻るのみ。仕切りのない、長さ66m奥行36mの柱・梁が見えない大空間は、基本的には製図室だが、展示やコンサートなど多目的な利用を可能とする所謂ユニヴァーサル・スペース。一つの空間の中で、先生も学生も誰もが自由に行き交い、互いに影響し合って学ぶという、ミースの教育理念の実践の場であった・・・らしい。
上の写真は南西側からの全景。36mのスパンを支える梁の高さは約190cm。下の写真は地階のホール。訪れたときは学生たちの作品講評の場となっていた。
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by toshinac | 2014-10-10 09:35 | trip photos