works & trip photos     (c)Toshiaki Nakazawa all right reserved.


by toshinac

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
trip photos
works
未分類

検索

最新の記事

イスタンブール2/トルコ共和国
at 2018-08-21 08:58
イスタンブール1/トルコ共和国
at 2018-08-04 09:16
ミコノス島/ギリシア
at 2018-07-07 17:19
アテネ古代遺跡2/ギリシア
at 2018-06-18 12:00
アテネ古代遺跡1/ギリシア
at 2018-06-10 09:23

以前の記事

2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月

記事ランキング

画像一覧

ヒヴァ (2)/ウズベキスタン

クフナ・アルク
e0116578_16173872.jpg
上の写真はクフナ・アルクの城門前広場。
イチャン・カラ(内城)の西門北側の一角にあるクフナ・アルク(古い宮殿)は、鋸歯状の高い土壁によって囲まれた17世紀のハーンの居城。中にはハーンの公邸をはじめ、モスクやハーレム、兵器庫や火薬工場、それに造幣所などもあったという要塞。城壁の最上部にあるアク・シェイフ・ババの見張り台は、イチャン・カラを一望できるベストポジションとなっている。
e0116578_16191567.jpg

e0116578_1620658.jpg上の写真はクフナ・アルク内のスナップショット。
左上は城壁。
右上は造幣所の中庭にある夏のモスク。アッラクリ・ハーン(アッラーフ・クリ・バハドゥール:在位1825~1842)の命により1838年に建設。
上の写真左下はハーンの接見の間であるクリヌッシュ・ハナのアイワン。17世紀に建てられたが、1740年のペルシャによる攻撃で破壊されてしまい、現在見るアイワンは19世紀の初めに再建されたもの。
右下は同じ中庭を囲むロッジア風の建物。2階のアイワンの屋根奥にアク・シェイブ・ババの見張り台を見る。
左の写真は、城壁最上部にある、14世紀の建造とされるアク・シェイブ・ババの見張り台。緻密な彫刻が施された風化した木柱が時の流れを想わせる。
下の写真はクフナ・アルクの城壁上から眺めたイチャン・カラ。
クフナ・アルクの城門越しに、ムハンマド・ラヒム・ハーン・マドラサやジュマ・モスクのミナレット、右奥にイスラム・フッジャのミナレットを望む。
e0116578_16232110.jpg

ムハンマド・アミン・ハーン・マドラサとカルタ・ミナル
e0116578_16254841.jpg
西門を入ってすぐ右にあるムハンマド・アミン・ハーン(在位:1846~1855)のマドラサは、1852年の完成。中央アジアで最も大きな規模の神学校で、イスラムの最高裁判所の事務局も置かれた処。1977年よりホテルとして利用されている。

e0116578_16263779.jpgムハンマド・アミン・ハーン・マドラサに沿って建つカルタ・ミナルは、1852年に着工されるが、アミン・ハーンがペルシャとの戦いで亡くなったことで工事が中断され、“未完のミナレット”として現在に至っている。中央アジア一の高さを目指したという規模の大きさと、青の彩釉タイルで覆われた美しさから、イチャン・カラのシンボルとなっている。
上の写真は、クフナ・アルクの城壁上から見たムハンマド・アミン・ハーン・マドラサとカルタ・ミナル。奥にイスラム・フッジャのミナレットを望む。

左の写真は、マドラサとカルタ・ミナルに架けられたブリッジ。


下の写真は、朝日を浴びるカルタ・ミナルと観光用の駱駝。手前のドームはラヒム・ハーン・マドラサの施設であったが、現在は “Bir Gunbaz Tea House”というカフェになっている。右奥にアク・シェイブ・ババの見張り台が見える。
e0116578_16332552.jpg

タシュ・ハウリ宮殿
e0116578_1635310.jpg
ハーンの公邸であるクフナ・アルクに対し、ハーンの私邸であるタシュ・ハウリ宮殿は、1830年から1838年にかけてアッラクリ・ハーンによって建てられた。163の部屋と3つの大きな中庭、5つの小さな中庭からなる邸宅で、建物配置としては簡素な構成の建築だが、広い壁面を利用した彩釉タイルの装飾や、木柱の複雑な彫刻の美しさが高く評価されている。
上の写真はハーレムのある北側の中庭。北向きのアイワンが5つ連続する棟には4人の正妻が住み、中庭を囲む2階建ての小さなアイワンのある部屋はハーレムの女性達の部屋で、ハーンは中庭に建てたユルタに居ることを好んだそうである。下の写真は、アイワンの壁と天井を彩るタイル装飾と木柱。
e0116578_16364555.jpg

ジュマ・モスク
e0116578_16383912.jpg
中央アジアでも有名な多柱式建築として知られるジュマ・モスクは、10世紀頃の創建以来、幾度かの修復工事を重ね、現在の形になったのは1788年から1789年にかけてのことだそうである。
広さ約55m×46m、何の装飾もない焼成煉瓦の分厚い壁に囲まれた陸屋根の建築で、窓もなく、明かりは天井に設けられた2ケ所の開口部、いわゆる“光の井戸”のみ。暗いモスク内には陸屋根を支える212本の木柱が約3mの間隔で林立し、光の井戸から差込む明かりが神秘的な空間を創出する。彫刻が施された木柱は同じデザインのものは無く、古いものでは10世紀~11世紀のものもあるという。
クフナ・アルクやタシュ・ハウリ宮殿のアイワンでも見られるように、緻密な彫刻が施されたヒヴァに見る木柱は、辣韮(らっきょう)のような形状をした根元部分に特徴があり、独立した基礎との間に、鉄パイプ状の接合部材を設けている。それは接地面の腐食防止ということだけでなく、もともと遊牧の民であった彼らの建築空間である“天幕”を支える柱が様式化されたものではと、岡野忠幸氏は自著「シルクロード建築考」で述べている。確かに細く絞られた根本をみると、組立解体に容易な天幕の柱が象徴化されているのかな?と想像できなくもない。

パフラヴァン・マフムド廟
e0116578_16421199.jpg
ジュマ・モスクの真裏に位置するパフラヴァン・マフムド廟は、1664年に創建、1810年に現在の煉瓦造りに改築され、ドーム屋根の完成は1835年だそうである。ヒヴァの守護者として尊敬されていたパフラヴァン・マフムド(1247~1326)の墓を中心に、ムハンマド・ラヒム・ハーン(在位:1807~1826)やその親族などの墓もある合同の廟となっている。
偉人の傍に葬られると天国に行けるという俗信か、廟の周囲には多くの墓が造られている。

toshinacHP
[PR]
by toshinac | 2018-03-01 01:00 | trip photos