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ミコノス島/ギリシア

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エーゲ海の中央部に浮かぶキクラデス諸島の北東部に位置するミコノス島は、首都アテネから南東へ約155kmの距離にある、面積86k㎡(東京の大島より少し小さい)の小さな島。
エーゲ海がトルコ帝国の支配下にあった18世紀初め、フランス王国がスルミナ(現イズミール)とコンスタティノーブル(現イスタンブール)間の航路を開設したことでミコノスはその中継拠点となり、港の整備が進むとともに商業貿易の基盤ができあがる。その後、この航路がフランスの政変で放置されると、船乗りとして海域に精通したギリシア人が取って代わり、ミコノスにこれまでにない繁栄をもたらし、1950年代以降には島の観光化が一気に推進されていく。上の写真は、着陸前の航空機の窓から覗いた島の沿岸部。荒涼とした大地に見る白塗りのホテルらしき建物とプール。
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紺碧の海に浮かぶ白い宝石とも例えられるミコノス島は、いまでこそ国際的なリゾート地として観光業で栄えているが、この島の基本的な生業は古くから農牧業が主であった。キクラデスの非常に雨が少ない厳しい自然の中、人々は限られた農地や牧草地を石積みで区画し、長年に渡って土壌の改良に努めながら野菜を植え、葡萄やオリーブの木を育て、羊や山羊の放牧と家畜の飼育もするという、いわゆる地中海式の有畜農業である。上の写真はミコノスタウンの沿岸部。その景観からリトル・ヴェネチアとも呼ばれ、おしゃれなカフェやレストランが軒を連ねる。
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e0116578_1724550.jpgしかしながら、観光業が盛んになると基本の生業にも変化が起こり、現在、住民の多くは島の西部にある港町ミコノス(ギリシア語でホーラとも呼ばれる)に住み、その多くは観光業に関連する商業や漁業を生業としているようである。
上の写真は、住居が密集するミコノスのパルキア地区あたりを高台から見る。


左と下の写真はパルキア地区の街路空間。細く狭い通路に面し、階段バルコニー型と呼ばれる2階建て外階段の住居が複雑に絡み合い、毎年塗り重ねられる石灰が白い迷宮を創りだす。






さらに下の写真は、ミコノスタウン南西沿岸のカト・ミリの丘に建つ、ミロスと呼ばれる粉ひき小屋の風車。いまでは観光名所の一つとなっている。
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日常生活に、ギリシア正教の教義とギリシア神話の神々が深く関わるミコノス島には、家族用の小さな礼拝堂を含めると400を超える教会が点在するとされている。古代の偶像崇拝から、いつ頃キリスト教に信仰を移していったのかは明らかになっていないらしいが、1207年の西ヨーロッパからの十字軍が侵入すると、征服者はこれまでの正教を排除してカソリックの布教を押し進めるが、島民は正教の教義と司祭の言葉を神から授かったものとしてこれに抵抗、ギリシア正教の神を信奉し続けたという。その後トルコ帝国統治下での弾圧を受けながらも、島の立地条件を生かした海運業(主に海賊行為)の発展が、ミコノスのギリシア正教の勢いを回復させたと言われている。
神々を祀り、先祖を崇拝し、人々の通過儀礼が行われる場でもあるミコノスの教会は、その機能や役割から、家族教会と言われる家庭用の礼拝堂、司祭のいる教区教会、ギリシア神話に基づく神々に捧げられた教会に分けられる。
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上の写真はパナギア・パラポルティアニ教会。
ミコノスタウンでも一番古いカストロ地区にあるこの教会は、かつてこの場所に城塞の裏門(パラポルティ)があったことが教会名の由来となっている。4つの別々の教会と、その上に設けられたドーム状の屋根を持つ聖母教会で構成されるという珍しい教会で、おもに16世紀~17世紀に造られているが、最も古い教会は15世紀のものとされている。1920年までに現在の形に改築されたという。
下の写真はセント・ニコラス教会。海に最も近く建つこの教会は、港が整備される1932年頃までは、同じ場所ではあるが海に築かれた基壇上に建っていたそうだが、港の整備に伴いミコノスでは珍しい交差ヴォールトの教会に建て替えられている。ミコノスの船乗り達が守護神と崇めるポセイドン(海の神)が祀られていることから、教会は元漁師や船乗り達の憩いの場にもなっている。
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下の写真2葉は、農牧地の中に建つ家族用の教会。数多く存在する教会の中で最も多いヴォールト屋根の小さな礼拝堂は、かつては祖先の遺体が眠る墓地としての教会であった。ミコノスにコレラが流行した1854年以来、教会に遺体を埋葬することは禁じられたが、いまでは死者の復活に必要な3年目まで共同墓地に埋葬し、後に遺体を掘り起して葡萄酒で洗い清め、家族教会の床や壁に埋葬しなおすという形をとっている家族も少なくないようである。家族ための納骨堂と言えなくもない。
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by toshinac | 2018-07-07 17:19 | trip photos