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イスタンブール3/トルコ共和国

スレイマニエ・モスク
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e0116578_10244579.jpgオスマン帝国の第10代皇帝スレイマン1世の命により、王の主任建築家ミマール・シナン(1489~1588:生涯に364の建物を設計したとされるトルコ史上最高の建築家)の設計で、7年の工期をかけて1557年の完成。平面や構造はアヤソフィアに似るが、直径27.5m、頂点の高さ53mの大ドームを中心に小ドーム群と4本のミナレットを持ち、周囲に建てられた学校、病院、養育院など、大公共建築群と一体として計画されている。
上の写真は、イスタンブール旧市街の中でもひときわ偉容を誇るスレイマニエ・モスクを金角湾側から見る。第三の丘と呼ばれる突端の、やや急な斜面に位置することから大規模な人工地盤上に建ち、周囲の施設も地形にあわせつつ、対象性を意識した配置がなされている。1660年に火災による被害を受けるが、メフメット4世によって修復され、第一次世界大戦で武器庫として使われたことが原因で再び火災の被害を受け、1956年に元の姿に修復された。

左の写真はモスク内部。下の写真は、モスク前庭の回廊から仰ぎ見る大ドーム。
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スルタン・アフメット・モスク(ブルー・モスク)
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アヤソフィアと向かい合うように建つこのモスクは、オスマン帝国の第14代皇帝スルタン・アフメット1世によって、1609年~1616年にかけて建設された。設計は前述のミマール・シナンの弟子であるメフメット・アガ(1540~1617)。内部壁面の青い施釉タイルと、ドーム内側の青を基調とした幾何学模様のフレスコ画が描かれていることから、ブルー・モスクとも呼ばれている。
64m×72mの広さを誇る礼拝堂は、「像の脚」と呼ばれる直径5mの4本のピアの上に直径23m、高さ43mの大ドームが架けられ、大ドームの四方には半球型のセミ・ドームと、そのセミ・ドームを受ける3つの小さなセミ・ドームがあり(ミフラブ側は2つのセミ・ドーム)、四隅にも小さなドームが架かっている。外部には他のモスク同様に連続ドームを架けた回廊に囲まれた前庭があり、モスクでは唯一とされる6本のミナレットが建つ。オスマン帝国の「最も美しいモスク」と評されている。
上の写真は、6本のミナレットと盛り上がるように重なるドーム群によって構成される迫力ある外観。
下の写真は廻廊に囲まれた前庭からの見上げ。
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上の写真は、ブルー・モスクと呼ばれる所以の内部。想像していたほどの“青い空間”ではないが、かつては壁面の青とステンドグラスから差込む光で、あたかも水中にいるような神秘的な空間であったらしい。
近年の修復事業でオリジナルに近いという色調に変えられた結果が現在の色らしいのだが、以前のブルー・モスクの空間に浸ってみたかった。

トプカプ宮殿

古代ビザンティオンのアクロポリスの場所に、メフメット2世が夏の離宮として1459年頃起工したが、次第に施設や庭園が整備されて拡大し、スレイマン1世(第10代皇帝:在位1520~1566)の時代に全宮殿が移されて以後、絢爛たる宮廷文化を育んだオスマン帝国の宮殿となる。しかし1853年に、アブデュル・メジト1世(第31代皇帝:在位1839~1861)が新たに建設したドルマバフチュ宮殿(1855年竣工)に宮廷を移すと、トプカプ宮殿は放置され荒廃するが、1923年にトルコ共和国が誕生すると、宮殿は修複されて1924年に博物館として一般に開放される。
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宮殿といえば、通常は中心となる大建築を想像するが、トプカプ宮殿はいささか趣を異にする。広大な敷地に直線的に連なる4つの中庭に沿う形で、比較的小さな建物と小部屋が連続する集合体によって構成されている。スルタンたちが集めた世界の秘宝や献上品など、展示物は枚挙に遑がないが、建築物の写真を撮ることが目当ての私には“猫に小判”的で、写真もいま一つ物足りない結果。
上の写真の左上は、博物館への入口となっている中門(第2庭園への入口)。右上は煙突が特徴的な宮廷の調理棟。左下は謁見の間。右下は宝物館。下の写真は、宮殿奥のテラスから眺めた旧市街。左にスレイマニエ・モスク、奥にファーティフ・モスク、右手前にイェニ・モスクを見る。
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ガラタ塔
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e0116578_10474945.jpg金閣湾の北岸に位置するガラタ地区(カラキョイ)に建つガラタ塔(ガラタ・クレシ)は、東ローマ帝国(ビザンティン)時代の528年に灯台として建設されたのが始まりで、1204年に第4次十字軍の遠征時に破壊されたが、1348年にジェノヴァ人によって「キリストの塔」の名で再建された。
その後、天文台や捕虜収容所、火災監視塔などとして使われたらしいが、その間、2度の火災や自然災害で一部損壊したという。高さ67mの現在の姿になったのは1967年以降のことらしく、最上部の尖塔部分もその時点で付け加えられたもの。丘の上に建っているので高さ以上に眺望がすばらしく、金角湾のパノラマが楽しめる。




上の写真は金角湾の対岸から眺めたガラタ塔。
左の写真は塔の近影。十字軍に破壊された灯台の瓦礫を利用して再建された塔の壁には、1453年にジェノヴァ人がスルタンに塔の鍵を献上した、と刻んだプレートが取り付けてある。



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by toshinac | 2018-09-01 10:52 | trip photos