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ルクソール1/エジプト

カイロから南下すること650km余り、ナイル川沿いにあるエジプト最大の古代遺跡がある街ルクソールは、元々テーベと呼ばれていたアメン信仰(この地方の大気の守護神・豊穣神)の聖地であった。
中王国時代(B.C.2040年頃~B.C.1786年頃)のメンチュホプテ2世が第11王朝を開いてテーベを都と定めたときから、古代エジプト最大の都市テーベの歴史の始まりとも言われている。B.C.1567年ごろ新王国の第18王朝が成立し上エジプトの首都となると、アメン神と古来の太陽神ラーが一体化したアメン・ラー信仰が急速な広がりを見せ、テーベはその中心として栄えていく。ナイル川東岸のカルナック神殿やルクソール神殿などの大神殿が建つ生ける者の都テーベに対し、王家の谷や王妃の谷などで知られるナイル川西岸は死せる者の都ネクロポリスとして明確に区分されていた。
400年にわたって栄えた古代オリエントの中心都市であったルクソールは、新王国時代(B.C.1567年頃~1085年頃)の栄耀栄華を今に伝えてくれている。

カルナック神殿
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古代エジプトのテーベに築かれたカルナック神殿は、新王国時代からプトレマイオス朝時代までの約1500年間に増改築を重ね拡張されてきた巨大な複合体。その中心はアメン神に捧げられたアメン大神殿で、北側に付属するメンチュ神殿、南側に建つムゥト神殿から成り立ち、これら全てを合わせると東西約500m南北1500mにも及び、現存する神殿では最大規模となる。
上の写真はアメン大神殿の第2塔門。右にラムセス2世像、左にパネジェムの巨像(元々ラムセス2世の像であったが、第21王朝のパネジェム1世が名前を書き換えた。)が建ち、大列柱室の先にトトメス1世のオベリスクを見る。
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e0116578_11114860.jpg上の写真は大神殿最大の見どころともいえる大列柱室。第19王朝の第2代ファラオであったテセィ1世によって装飾が始められ、その息子であるラムセス2世によって完成したとされ、幅102m、奥行53mの空間に134本の巨大な円柱が林立する様は壮観。開花型のパピルス柱頭を持つ中央の12本の柱(上の写真左)は高さ21mで、両側に林立する、未開花型のパピルス柱より高くなっている。

左の写真は、その段差の間に設けられた採光のための石のルーバー。列柱室全体に屋根があったときを想像すると、ルーバーから射し込む光は荘厳な空間を演出したに違いない。





下の写真は、第5塔門先の中王国時代の中庭から大列柱室方向を見返す。手前にハトシェプスト女王のオベリスク、奥にトトメス1世のオベリスクを見る。
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コンス神殿
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アメン大神殿の神域西側の隅に位置し、塔門、前庭、列柱室から至聖所へと続く平面は、小規模ながら新王国時代の神殿建築の典型とも言われている。上の写真は第2(?)塔門。下の写真は第2塔門を抜けた先の、開花前のパピルス型円柱に囲まれた小さな中庭。アメン大神殿からチョット離れているため比較的観光客も少なく、この時代の建築特有の威圧感ある空間とは違い、ヒューマンスケールの静謐な空間。
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ルクソール神殿
ナイル川沿いに建つルクソール神殿は、もともとカルナック神殿の中心を成すアメン大神殿の付属神殿として建てられたもの。第18王朝のアメンホプテ3世によって中心部分が建立され、以後、彼の子供でアメン信仰を復活させたツタンカーメン王、第18王朝最後のファラオであるホルエムヘブ(元軍人でツタンカーメン王の時代は将軍)、そして第19王朝の建築王として知られるラムセス2世により現在の姿が完成。当初カルナック神殿とは2.5kmに及スフィンクス参道で結ばれていたという。
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上の図は、全長およそ250mのルクソール神殿平面図と断面図(MONUMENTS OF EGYPT THE NAPOLEONIC EDITION PRINCETON ARCHITECTURAL PRESSより)。ナイル川に沿ってほぼ平行に配置されていた神殿は、中央の列柱廊から軸線を大きくずらし、2.5km先のアメン大神殿に一直線。
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e0116578_11294756.jpg上の写真は、スフィンクス参道から見たルクソール神殿第1塔門正面。塔門の前には1対のラムセス2世の坐像、その手前に高さ25mのオベリスクが立っている。
オベリスクは本来左右2本立っていたが、1本は1819年にフランスに贈られ、現在パリのコンコルド広場に立っている。

左の写真は、塔門入口からラムセス2世の中庭越しに列柱廊を望む。







下の写真は、アメンホプテ3世の中庭から列柱廊を見返す。列柱廊の開花型のパピルス柱に対し、この中庭を取巻くパピルス柱は未開花型となっている。

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toshinacHP
by toshinac | 2019-03-23 11:36 | trip photos