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上海/80~90年代の中国

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揚子江の河口にある上海は、宋代から貿易港として発達した中国最大の商工業都市。1842年の南京条約(アヘン戦争終結のため、イギリスと清国の間で締結された条約)での開港以来、中華人民共和国の成立(1949年)までは列強の租界(外国人居留地)が設けられ、外国資本の中国進出の拠点となっていた。
中華人民共和国成立後、外国資本は香港に撤収したが工業都市として発展。1978年の改革開放政策により、再び外国資本が流入すると目覚ましい発展を遂げ、1992年以降本格的に開発された浦東新区が牽引役となって高度経済成長を続けている。ちなみに2010年には、世界189ヶ国が参加した史上最大の国際博覧会である上海万博が開かれた。
上の写真は、1983年の黄浦区九江路に建つ、高密度住宅と化したかつての洋館。
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e0116578_10461330.jpg上の写真2葉は、1989年に宿泊した新錦江大酒店から眺めた市内遠望と、租界に造られた上海特有の集合住宅である里弄(リロウ)を俯瞰。
1920年代爆発的に増えた中国人のために、上海のあらゆる所に建てられた里弄のその多くは、江南地方の伝統的住宅と、イギリスの労働者向け住宅のスタイルが混在した、いわゆる「華洋折衷様式」の低層集合住宅である。



左の写真は1983年に撮影した豫園近くの里弄内部の狭い路地。上海の発展に伴う再開発で、里弄の多くが取り壊され、いずれ消失してしまうのではと危惧しているが、下の衛星写真(Google Earth) に見るように、淮海路中段地域には現在でもかなりの数の里弄が残っているようである。
ただ中国だけに、Google Earthの位置表示は実際の場所とはずれがあり、正確さはやや欠けているようである。
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上の写真は1987年の撮影で、上海を東西に流れる黄埔江の支流、蘇州河に架かる四川路橋(1922年)と、奥に1924年竣工の上海郵政総局ビルを見る。四川路橋を渡った先の四川北路は、かつての日本租界への主要道路である。
下の写真は、1992年に撮影した観光名所の外灘。租界地区であったこの一帯には、当時建てられた西洋式の高層建築が建ち並ぶ。緑色の三角屋根を頂くアール・デコ様式の建物は、サッスーンハウスと呼ばれたユダヤ系金融王のビルで1929年に建てられたもの。1956年から「和平飯店」として使用され、現在は「フェアモント・ピース・ホテル」となっている。その隣に建つアール・デコの高層建築は、1937年建築の旧中国銀行大楼(現中国銀行上海分行)。その先の古典主義様式の建物は、1924年建築の旧横浜正金銀行。正面の外灘北部に建つアール・デコ様式の建築は、1935年竣工のブロードウェイマンション(百老匯大廈)で、開業以来、上海の名所の一つで在り続けたランドマーク的な建築であった。設計は1866年に香港で設立されたパーマー&ターナーという英国の建築事務所で、彼らは外灘だけでも13棟のビルを建築しているとのこと。さらに下の写真は1991年撮影の南京東路。
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豫園
上海の古典園林の一つである豫園は、明代の四川省の役人であった潘允端(バンチュントアン)が、豫悦老親(親族と愉快に楽しく)として、父の養老のために造ったところから、その名を豫園としたという。
明の嘉靖38年(1559年)に着工し万暦5年(1577年)に竣工。18年の歳月をかけて造った庭園である。
清代の初頭に一時荒廃するが、乾隆25年(1760年)に地元の名士が資本を集めて修復し、西園と改称された。その後、茶店や酒屋、商店や民家などが園内に入り込み荒れた状態になるが、1956年、西園の約半分を庭園として改修整備が行われて豫園となり、残りの部分が現在の豫園商城となっている。
下の写真2葉は1983年の豫園で、上は九曲橋と明、清代の庭園建築を望む。下は九曲橋の中程にある湖心亭で、上海で最も古い歴史を持つとされる茶館。
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by toshinac | 2019-06-15 11:06 | trip photos