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ルクソール2/エジプト

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ルクソールのナイル川には橋は無く、ネクロポリスのある西岸にはフェリーで渡る(写真上)。川沿いの緑地帯の奥には荒涼たる砂漠と岩山が広がり、生命の存在を感じさせないような乾いた大地がいやが上にも死の無情感をつのらせる。
船着き場から車で数分のところに2体の巨大な座像が現れる(写真下)。メムノンの巨像と呼ばれるアメンヘプテ3世の像で、かつてはアメンヘプテ3世葬祭殿の入口に置かれていたが、葬祭殿は第19王朝最後の王によって破壊され、いまでは劣化が激しい高さ21mの2体の巨像が残るのみだが、背後の岩山に展開するネクロポリスの守護神のようにも見えてくる。
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ハトシェプスト女王葬祭殿
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古代エジプト史で確認される唯一の女王ハトシェプスト(第18王朝のトトメス1世の娘)が築いた葬祭殿で、新王国時代の王たちの墓が集中する王家の谷と山一つ隔てた窪地に建ち、隣に建つメントゥヘテプ2世の葬祭殿と合わせてデル・エル・バハリ(キリスト教普及の初期、この地に修道院があったことが起因か、アラビア語で北の修道院という意味)とも呼ばれている。
上の写真は、ハトシェプスト女王葬祭殿(右)とメントゥヘテプ2世葬祭殿(左)を南側から見る。当初メントゥヘテプ2世の神殿と同じ形式で計画されたらしいが、実現したものは3つのテラスを一軸線上に並べるというユニークな形式で、背後の荒涼たる岩山をも建築の一部に取込み、美しさと雄大さが簡潔に表現された古代エジプト建築の傑作。建築家は女王の娘の教育も任されたという寵臣センムトで、女王がカルナックに建てた2本のオベリスクの切り出しを指揮した人物だそうである。
下の図はデル・エル・バハリの平面図(西洋建築史図集:日本建築学会編より)。
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上の写真は第2テラスから眺めたハトシェプスト葬祭殿正面。
第1テラスから8mほどの高さにある第2テラスの奥には、列柱中庭を中心とする第3テラスがある。第2及び第3テラスの正面は柱廊となり、その中央に斜路が設けられている。下の写真は、東側の山裾から3つのテラスを眺める。1997年11月、イスラム過激派による外国人観光客襲撃事件が発生し、日本人を含む数十名が犠牲となっている。写真は同年春のものである。
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下の写真2葉は、デル・エル・バハリの山の裏側にある、王家の谷(古代エジプト新王国時代の王たちの墓が集中する谷間で、西の谷と東の谷に24の王墓と64の墓が発見されている)にあるラムセス3世の王墓内通路。長い歴史のなかで墓のほとんどは盗掘されているが、1922年に発見されたツタンカーメン(トゥトアンクアメン)王の墓が未盗掘で、副葬品が完全な形で発見され、その多くはカイロのエジプト考古学博物館で見ることができる。
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toshinacHP
by toshinac | 2019-04-08 11:38 | trip photos